【双極性障害】軽躁で「人間関係」を
破綻させないための、人生の資産管理術


「最近の自分、なんだかキレキレだ。
仕事もサクサク終わるし、みんなに俺の本当のすごさを分からせたい!」
もしあなたが今、そう確信して毎日をフルスロットルで駆け抜けているなら。
あるいは、部下や上司を「自分より仕事ができない」と心のどこかで見下し始めているなら。
一度だけ深呼吸をして、この記事を最後まで読んでください。
もしかしたら、あなたの人生という口座の「貯金」は、今この瞬間に底をつきかけているかもしれません。
正直に白状すれば、私ヒラヤマ自身は「うつ病」の経験はあっても、激しい躁状態になったことはありません。
ただ、就労継続支援A型事業所という「福祉と仕事の現場」で働きながら、多くの仲間たちが「軽躁」という見えない嵐に振り回され、一瞬にしてキャリアや人間関係を壊していく姿を、特等席で目撃し続けてきました。
当事者でも支援者でもない、斜め45度の観察者として。
そこで気づいたのは一つのことです。
軽躁で人生を壊す人と、壊さずに済む人の差は、「意志の強さ」ではありませんでした。
1. 軽躁状態は「エネルギーの前借り」という借金である

双極性障害を抱える方にとって、この「軽躁状態」ほど厄介で、かつ魅力的な時期はありません。
うつのどん底から這い上がり、視界が晴れ、体に羽が生えたように軽くなる。
何でもできる気がしてくる。
実は、これこそが人生を揺るがす落とし穴の始まりだったりします。
軽躁状態は医学的には「少なくとも4日間」続く、普段とは明らかに違う気分の高揚や活動性の増加を指します。
入院が必要なほどの「躁状態」とは違うから、周囲からは「最近元気だね」「仕事に前向きだね」とポジティブに見られることさえある。
そこが、何よりも怖いんです。
今のあなたのパワーは、実は自分の実力ではありません。
「来月の元気」を、超高い利子をつけて今この瞬間に引き出しているだけ。
無理をして働いた一週間のツケは、往々にして一ヶ月以上の「重いうつ」という形で返済を迫られます。
これは人生のやりくりとしては、完全に「大赤字」です。
2. 「症状が出る順番」を知っておく

以下のチェックリストは、医療機関の問診票を並べ直したものではありません。
現場で何人もの仲間を見てきて気づいたのは、「最初に現れる症状」と「本人が一番気づきにくい症状」は、ほぼ必ず違うということです。
この順番を知っているかどうかで、自分への警戒線の引き方が変わります。
[第一段階]最初に出る——「睡眠の変化」と「注意力の散漫」
3〜4時間しか寝ていないのに全然眠くない。
本人はむしろ「自分の体が覚醒してきた」とポジティブに捉えてしまう。
注意力の散漫も同様で、「なんか今日は集中できないな」という感覚よりも先に、作業のミスや抜け漏れとして数字に出てくることが多い。
この段階では本人はまだ、何かがおかしいとは思っていません。
[第二段階]中盤に出る——「多弁」と「衝動的な行動」
会議で誰よりも喋り、上司の意見を「スピード感がない」とバッサリ切り捨てる。
本人には「リーダーシップを発揮している」感覚がある。
お金の使い方も変わり、「自分への投資」を免罪符に普段なら躊躇する決済ボタンを押してしまう。
この時点で、周囲の信頼という「貯金」はすでに猛烈な勢いで減り始めています。
[第三段階]最後まで残る——「自尊心の肥大」
「自分は何でもできる」「自分は特別な人間だ」という感覚は、本人には「ようやく本来の自分に戻れた」と映ります。
傍で見ていて感じるのは、この万能感は、いわば「幼少期の子供が抱く無敵感」に似ているということです。
根拠も実体もないけれど、世界が自分の思い通りになるような全能感。
大人の理屈が通じなくなるその姿は、周囲から見れば危なっかしくて見ていられません。
だからこそ最も指摘されにくく、最も長引く。
周囲が心配して声をかけると、自分の王国を汚された子供のように「邪魔をするな」と反発する——それ自体が、すでに症状のひとつです。
これが出たら「ブレーキ」をかけるサイン
- 睡眠時間の異常(最初の警戒ライン): 3日以上連続で睡眠が5時間未満なのに、翌朝スッキリして活動できる。気分の変化より先にここを確認する習慣をつけてください。
- 注意力の散漫(見落とされやすい初期サイン): 些細なことに気が散り、一つのことに集中し続けるのが難しくなる。「調子がいいから色々考えが浮かぶ」と混同しやすいので要注意。
- 多弁と思考の加速(周囲が先に気づく): 普段より喋りすぎている、または頭の中で考えが次々と溢れて止まらない感覚がある。
- 衝動的な行動(「信頼の貯金」が減るサイン): 高額な買い物、無謀な投資、SNSでの過激な発言。「自分への投資」という言葉が頭に浮かんだら一度立ち止めること。
- 自尊心の肥大(最も長引く、最も危険): 根拠のない万能感。指摘されて「邪魔するな」と感じたら、それがまさに証拠です。
3. 「一人でブレーキを踏む」ことが、なぜ機能しないのか

ここまで読んで、「分かった、気をつければいいんだな」と思った方に、一つだけ正直に言わせてください。
軽躁状態の脳に、自分でブレーキを踏ませるのは、構造的に無理があります。
たとえば「送信前に一晩置く」というよく言われる対処法。
理屈は正しい。
でも「一晩置く」という判断自体、すでに興奮している脳には負荷が高すぎる。
「下書きに保存したはずなのに、気づいたら送っていた」というのは、意志が弱いのではなく、ブレーキをかけようとしているその脳自体が、すでにバグを起こしているからです。
「睡眠ログをつける」「一週間ルールを守る」「指摘されたら感謝する」——どれも正しい。
でもこれらが機能するのは、軽躁になる前の、冷静な状態の自分が設計した仕組みが動いているときだけです。
軽躁の渦中にいる自分に「気をつけろ」と言っても、その言葉を受け取る脳がすでに正常に動いていない。
これは意志や努力の問題ではなく、一人で完結しようとする設計そのものの限界です。
4. 「壊さずに済んだ人」には、共通点があった

現場で長く見てきて、一つ気づいたことがあります。
軽躁でキャリアや人間関係を壊さずに済んでいる人は、特別に自己管理が優れているわけでも、症状が軽いわけでもありませんでした。
「自分一人でブレーキを踏もうとしていない人」でした。
私が働く就労継続支援A型事業所では、遠目から見ていても「あ、今ブレーキをかけてもらっているな」と分かる瞬間があります。
そのやり取りが終わった後、さっきまで前のめりだった仲間の肩の力が、ふっと抜けるのが見えるんです。
一般企業では、こうはいきません。
「やる気があるね」と煽られ、そのまま崖っぷちまで走り続けてしまうことも珍しくない。
誰もあなたの暴走を、本気で止めようとはしてくれません。
A型事業所には、「本人の熱量を奪わずに、現実的なペースに軟着陸させるプロの技術」が静かに存在しています。
治療の目的が「波の幅を小さくすること」だとすれば、ここはまさにそのための練習場です。
自分一人でブレーキを踏むのは無理でも、隣で一緒にペダルに足を乗せてくれる人がいれば、人生は破綻せずに済む。
現場でそれを何度も目撃してきた私は、そう確信しています。
さいごに

自分の「絶好調」な状態を否定するのは、身を裂かれるほど辛いことかもしれません。
「今の俺こそが本来の姿なんだ」と思いたい気持ちも、痛いほど分かります。
でも、覚えておいてください。
ブレーキのない車は、どんなに速く走れても、いつか必ず致命的な事故を起こします。
そしてブレーキは、一人で踏まなくていい。
まずは今日、何時に寝て何時に起きたか。
その小さな「数字」をメモすることから始めてみませんか?
次は、あなたが「最近、上がり気味かも?」と感じた時に、職場のスタッフさんにどう相談すればいいか、具体的な伝え方について一緒に考えてみましょう。
※この記事は就労継続支援A型事業所での勤務経験をもとにした個人の観察と考察です。
医療的な診断・治療については、必ず主治医にご相談ください。

