食べることより先に、
自分を責める苦しさが強くなることがあります


「太ったら終わりな気がする」

「食べなきゃいけないのに、食べるのが怖い。
こんなことで苦しいなんて、自分が弱いだけなのかもしれない」
拒食症に苦しむ人の頭の中には、こうした言葉が何度も浮かぶことがあります。
周囲から見ると、ただ食べていないだけに見えるかもしれません。
でも、その内側では、食事以上に、自分の価値そのものが揺らいでいることが少なくありません。
そのことを強く感じさせるのが、元フィギュアスケート選手鈴木明子さんの体験です。
鈴木さんは18歳で摂食障害を患い、体重が32kgまで落ち、競技から離れ、生きる目的すら失いかけた経験を語っています。
この体験から見えてくるのは、拒食症が単に食べない病気ではなく、自分を追い詰め、助けを求めにくくし、回復に向かう力まで奪ってしまう病気だということです。
鈴木明子さんの体験が示す、拒食症の始まりと怖さ

鈴木さんの体験で印象的なのは、拒食症がある日突然始まったわけではないことです。
成長期には母親が栄養バランスを考えた食事を整えてくれていた一方で、周囲から体形や体重に関する言葉を受ける中で、自分はこうでないとダメだという思いが少しずつ強くなっていきました。
高校3年の頃には肉類をほとんど食べなくなり、47kgという数字が自分を縛る基準のようになっていったとされています。
こういう始まり方は、とても静かです。
いきなり大きく壊れるのではなく、頑張れば認められる、細ければ安心できる、ちゃんとしていれば価値がある、そんな感覚が少しずつ心の中に根を張っていきます。
一見すると努力に見えるものが、気づいたときには自分を追い込むルールに変わっている。
そこが怖いところです。
その後、海外遠征の帰りに空港でステーキを食べたあと、吐き気を催した体験が強い恐怖として残り、食べること自体が怖くなっていきました。
大学入学後は実家を離れたことも重なり、ここで太ったら自己管理ができていないと思われるという思いが強まり、1か月ほどで体重が48kgから40kgまで落ちたとされています。
最初は少し痩せたくらいに見えても、実際には筋肉も体力も落ち、心も体も急速に追い込まれていったわけです。
拒食症というと、痩せたいから食べない病気だと思われがちです。
けれど実際には、食べることそのものが怖くなることがあります。
食べたらだめになる気がする。
太ったら価値がなくなる気がする。
そうした感覚に飲み込まれると、理屈では止められません。
体重はその後も落ち続け、32kgまで痩せ、生きる目的まで失いかけました。
これは、拒食症が意志の弱さや気の持ちようで説明できるものではないことをはっきり示しています。
食事に関連した行動の異常が続き、体重や体型のとらえ方を中心に、心と体の両方に大きな影響が及ぶ。拒食症は、そのくらい深く人を追い詰める病気です。
なぜ拒食症は止められなくなるのか

拒食症が厄介なのは、苦しいのに自分では止められなくなることです。
食べないほうがつらいはずなのに、食べるほうがもっと怖い。
そのねじれが起きると、本人の中では食べないことが苦しさを避ける手段になってしまいます。
この背景には、体重や体型への強いこだわりだけでなく、自分を見る目がどんどん厳しく偏っていく問題があります。
十分に痩せていても、まだ太っていると感じる。
少し食べただけで、全部だめになったように思う。
体重計の数字ひとつで、その日の自分の価値まで決まったような気持ちになる。
周囲から見れば極端に映っても、本人の中ではそれが切実な現実になってしまいます。
だから、拒食症の苦しさは食事そのものだけではありません。
食べた自分を許せるか。
太る自分を受け入れられるか。
ちゃんとできない自分にも価値があると思えるか。
そうした問いが、食事のたびに突きつけられるようになります。
鈴木さんの中でも、自分はこうでないとダメだという感覚が強くなっていきました。
この感覚は、痩せていたいという願望だけではありません。
自分の価値を体型や結果と結びつけてしまう苦しさです。
ここを見落とすと、拒食症をただの食事の問題として扱ってしまい、本当に苦しい部分に届きにくくなります。
しかも、拒食症は助けを求めにくい病気でもあります。
鈴木さんは、自分で何とかなると思っていたことや、理解してもらえないと思ったこと、さらに一度つらさを話したときに食べればいいだけ、食べないのは甘えではないかと言われたことで、何も言えなくなったと語っています。
苦しいのに、うまく説明できない。
説明しようとすると、逆に自分が大げさな気までしてくる。
そうやって黙る時間が長くなるほど、症状は内側で深くなっていきます。
鈴木明子さんの回復過程が教えてくれること

ここからが、とても大事です。
鈴木さんの体験は、拒食症の怖さだけでなく、回復がどんなふうに進むのか、その現実まで見せてくれます。
鈴木さんは、コーチと大学の提案を受けて実家に戻り、治療を始めました。
でも、すぐに良くなったわけではありません。
体重は夏までに32kgまで落ちました。
家に戻った。
治療も始めた。
それでも回復に向かわない。
ここに、拒食症の難しさがあります。
回復が進まなかった理由のひとつとして、母親の言葉が逆向きに届いてしまったことも語られています。
母親は、スケートなんて辞めていい、普通の女の子として生きてくれればいいという思いで声をかけていました。
けれど鈴木さんには、それが成績を出せなければスケートを続けることを許してもらえないという意味に聞こえてしまったそうです。
同じ言葉でも、弱っているときには違う刃物のように刺さることがあります。
回復の場面で大切なのは、正しいことを言うことより、相手がどう受け取る状態にいるのかを見ることなのだと思います。
その後、鈴木さんは心のうちをすべて母親に吐き出し、何度も話し合いを重ねました。
その中で、言葉は少しずつ変わっていきます。
生きているだけでいい。
食べたいものを食べればいい。
その言葉が、摂食障害から抜けるきっかけになったとされています。
そして鈴木さん自身、初めて自分は無条件に生きていてもいいんだと思えたと感じたそうです。
ここは、本当に大きな転機です。
回復の入口になったのは、体重計の数字ではありませんでした。
ちゃんとできる自分でなくてもいい。
結果を出せる自分でなくてもいい。
その感覚に触れたことが、深い意味での回復につながっていったのです。
しかも、回復はそこで終わりではありません。
体重が少しずつ増え、10月には自分から大学に戻りましたが、不安は残り、再び食べられなくなるのではないかと泣きながら母親に電話したこともあったそうです。
それでも、不安になったら来てくださいと言ってくれる看護師の存在や、体の検査、栄養指導を通して、自分の状態を少しずつ理解していきました。
最初は歩くことしかできず、12月に38kgまで戻って約5か月ぶりにリンクへ立ち、翌年1月にはインカレに出場したとされています。
一気に元に戻ったわけではありません。
揺れながら、怖がりながら、それでも少しずつ戻っていった。
そこに、回復のリアルがあります。
拒食症の回復に必要なのは、食事だけではない

拒食症は回復できる病気です。
ただし、回復は体重や食事の問題だけでは終わりません。
こころとからだの両面を扱っていく必要があります。
体重が戻っても、痩せていない自分を許せなければ苦しさは残ります。
食べられる日が増えても、食べた自分を毎回責めていたら、心は休まりません。
だから、回復には食事との関係を整えることと同時に、自分との関係を立て直すことが必要になります。
鈴木さんの回復過程を見ても、それはよく分かります。
治療を始めたことだけで変わったわけではありません。
体重が増えたから終わったわけでもありません。
無条件に生きていてもいいと思えたことが、深い意味での回復につながっていきました。
ここでいう自己肯定感は、前向きでいましょうという軽い励ましではありません。
できない日があっても、自分を全部だめだと切り捨てないことです。
頑張れない自分にも価値があると、少しずつ感じ直していくことです。
その感覚がないままでは、症状だけが少し静まっても、苦しさの根は残りやすくなります。
もし今、食べることが怖い。
体重の数字ひとつで一日が決まる。
でも、病院に行くほどではない気もする。
もっと重い人がいる気もする。
そんなふうに揺れているなら、その迷いごと小さく扱わないでほしいです。
苦しいのに、これくらいで相談していいのかなと考えてしまう人ほど、ひとりで抱え込みやすいからです。
拒食症は、食べないことだけの問題ではありません。
その裏で、自分を認められない苦しさや、うまく助けを求められない孤立が強くなっていることがあります。
だからこそ、長く続く回復には、食事との関係だけでなく、自分へのまなざしを少しずつ変えていくことが欠かせません。
すぐに前向きになれなくても当然です。
こんなことでと思ってしまう日があっても、不思議ではありません。
ただ、自分のつらさを、自分で雑に扱わないこと。
まずはそこからで十分です。
つらさが続く場合は精神科・心療内科など専門機関への相談も検討してください

